国際交流~PEME:ミャンマー国医学教育強化プロジェクト~
プロジェクトの概要
JICA(国際協力機構)は2015年4月よりミャンマーにおける医学教育を強化する技術協力プロジェクトPEME(Project for Enhancement of Medical Education)を開始しました。
このプロジェクトは、日本の6大学(千葉大学、新潟大学、金沢大学、岡山大学、長崎大学、熊本大学)の協力により、ミャンマーの4医科大学(ヤンゴン第一医科大学、マンダレー医科大学、ヤンゴン第二医科大学、マグウエー医科大学)の医師や診療放射線技師を対象とした日本での長期・短期研修を実施しています。
金沢大学においては放射線画像診断領域の教育研修を担当しており、ミャンマーの放射線科医師および診療放射線技師1名ずつが約3か月にわたる短期研修を受けています。当院での短期研修は2015年9月に第1バッチがスタートし2019年3月まで全8バッチ、計16名の研修生を受け入れる予定です。
当放射線部ではX線CT検査およびMRI検査をメインとした臨床技術教育指導を実施し、さらには保健学科の協力も得て実機を使用した画質評価などの超専門的教育実習を加えることで、幅広い知識を習得できる教育プログラムを作成し研修を行っております。
研修生は帰国後に研修で習得した知識・技術をミャンマーで普及するのみならず、ミャンマーでの放射線検査技術の標準化に向けた取り組みにおける主要メンバーとしての重要な役割を担っています。
ミャンマーにおける医療事情
ミャンマーは「アジア最後の未開の地」とも称され、人口の増加と共に今後飛躍的に発展することが期待されており、多くの外国資本が参入して活発な開発が行われています。特にミャンマー最大の都市であるヤンゴン(旧ラングーン)では高層ビルが立ち並び、多くの人や自動車が行き交う様はあたかも東京の都心を思わせる光景ですが一歩街中を抜けると道の両脇には露店やバラックが並び、その周りには大量のゴミが散乱しているという衝撃的な光景が目に入ります。これは急激な経済発展の一方で、社会的格差も浮き彫りになっていることを物語っていると言えます。このような社会背景になぞらえて医療事情も同様に“格差社会”を反映しているのが現状です。
たとえば低所得者層は医療費負担の少ない公的機関の病院を受診する傾向にありますし、さらに造影剤を使用する検査では安価な「ウログラフィン」を使用しています。ウログラフィンは血管内および脊髄腔内に投与してはいけない造影剤ですが、経済的背景を理由に患者さんの同意のもと使用されているのが現状です。他のより安全性の高い造影剤を使用したとしても、なるべく安価に抑えるために少ない投与量で検査されることもあります。
一方で、高所得者層や外国人は衛生的で設備やスタッフの整った民間病院を受診することが多く、高度な医療が必要な場合は近隣国(タイなど)の医療施設を利用することもあります。
ミャンマー国内の医師は非常に熱心に医学を学んでいますが、このような事情で高度な医療に対する経験が少なく、より高度な医療技術を習得するためにミャンマー国外の医療機関に移るという負のスパイラルも見受けられます。さらには、医療スタッフの絶対数が足りておらず、養成機関もまだまだ少ないのも大きな問題と言えます。
金沢大学附属病院における技術指導方針
このような日本とはかけ離れた医療事情を持つ国の医療スタッフに対して、技術指導として日本の高度な医療技術を押し付けるのは全く無意味ですし、それがミャンマー国内のすべての医療機関に受け入れられるはずはありません。
金沢大学ではミャンマーの医療事情を十分に理解したうえで、最低限習得して欲しい技術を優先的に指導し、付加的に最先端の技術とその臨床応用について指導しています。また、週に1回程度の公聴会を開催し、研修生が学んだことを自身で整理してスライドを作成しプレゼンテーションする機会を設けています。これは今後研修生がミャンマーにおける診療放射線技師のリーダーとして、習得した技術を広く普及させる技術指導者としての役割や、技術開発・臨床評価といった研究活動を通じてミャンマーに適応した検査技術を確立させるための基盤を整備する役割を担っており、データの整理やプレゼンテーションスキルを習得する事もこの研修での目標としています。
日本では各画像検査法の標準化が整備されつつあり、施設の特徴を反映して多少の条件設定や撮影方法に違いはあれども診断に支障のないレベルを担保した検査が実施されることですべての国民が平等な医療を受けることができます。しかし、ミャンマーでは十分に装置の性能を生かした検査が実施されているとは言い難く、施設間の格差や診療放射線技師間のスキル差も大きいのが現状です。
研修生である放射線科医師・診療放射線技師の16名はこの現状を改善すべく、ミャンマー国内の事情を反映した独自の画像診断法および検査法の標準化に向けて取り組まなければなりません。この研修が標準化への足掛かりになるよう、個々のスキルアップだけでなくミャンマーの放射線医療全体が発展することを見据えた指導を基本方針としています。
国際医療人を目指して
この研修の目的は技術指導だけではありません。お互いの文化や伝統を学び合い、友好関係を築くことこそが最も意義のあることかもしれません。そして、何より“生きた英会話を経験すること”は我々とっても大きな副産物と言えます。
それぞれの母国語を理解することは困難ですが、ミャンマーでは英語教育が熱心に行われ、大学での授業はすべて英語で行われていますので、英語によるコミュニ―ケーションは全く問題ありません。
技術指導はもちろんのこと、歓迎会や夕食会、レクリエーションなどを通じて互いに英語でコミュニケーションをとることはこれからの国際医療人の育成といった観点において我々にとっても、かけがえのない経験となっています。
特に若手技師にとっては生きた英会話の実践の場として大いに刺激を受けることで、国際学会での発表にチャレンジすることや海外の医療スタッフとの交流など国際医療人として世界で活躍することを目指すきっかけになることを期待しています。
普及セミナーの開催
この研修で習得した技術や知識を母国ミャンマーにて広く普及させることを目的とした“Dissemination seminar(普及セミナー)”が、年に一回ミャンマーにて開催されています。
ここに我々日本側のスーパーバイザーも招聘され、講義を通して技術の普及に努めています。そして何より、指導した研修生らとの再会はこのセミナーでの大きな楽しみの一つでもあり、お互いの近況など情報交換の場としても有意義なセミナーです。
今後も金沢大学放射線科と放射線部は、ミャンマーへの惜しみない支援を続けることが目標であり使命であると考えています。